八藤紋と遊林寺

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七高僧(しちこうそう)とは、お釈迦様から法然上人までの中で親鸞聖人が出会われた七人の高僧のことです。

その七高僧の方々は、正信偈の依釈段に示してありますが、著作があり、その人独持の発揮があり、説いていることが本願の趣旨にかなっていて、西方浄土への往生を願っている方々なのです。

龍樹(りゅうじゅ)菩薩。南インド出身。(150〜250年頃)
大乗仏教の基盤を確立。少年の頃より学問に通じ、空(くう)の思想を確立。「易行品(いぎょうぼん)」を著し、阿弥陀仏の本願による救済を説き、浄土教の祖といわれます。 主著 十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)。
教義、難易二道。撰述書、易行品。

天親(てんじん)菩薩。 ガンダーラ(現パキスタン)出身。(〜400年頃)
小乗仏教から大乗仏教に転向。龍樹菩薩の「空」の教えを受け継いで、「浄土論」(往生論)を著して浄土往生への願いと、その方法について示しました。
教義、宣布一心。撰述書、浄土論。

曇鸞(どんらん)大師。 (476年〜542年)
中国、龍門・雲崗の石窟寺院隆盛の頃、山岳信仰の中心地であつた五台山で出家、修学中に病になり、道教(どうきょう)の第一人者、陶弘景を訪ね、不老長生を説く「仙経」を授かったが、菩提流支(ぼだいるし)から、真の長生の法は浄土教にあると諭されて、仙経」を焼き、浄土教に帰依したと云われます。他力の念仏を説きました。
教義、自力他力。撰述書、往生論註。

道綽(どうしゃく)禅師。中国。(562年〜645年4月7日)
曇鸞大師の影響を受け、浄土教に帰依。浄土教の経典「観無量寿経」の講義は200回に及び、念仏は一日に7万遍に達したといわれ、称名念仏を実践しました。
教義、聖道浄土。撰述書、安楽集。

善導(ぜんどう)大師。中国。(613年〜681年)
道綽禅師の弟子となり、浄土教の経典「阿弥陀経」を10万巻書写。「観無量寿 経」の注釈書を著し、その中で特に「二河白道」のたとえが有名です。 法然の称名念仏の根拠が示されています。
教義、古今楷定。撰述書、観経疏。

源信(げんしん)和尚。 日本。 (942年〜1017年6月10日)
十代で得度・受戒し学才を発揮。のちに比叡山の近く、恵信院に居住したので、恵信僧都(えしんそうず)とも呼ばれています。日本浄土教の祖。44歳の時に「往生要集」を著して、広く民衆に念仏の教えを勧めました。
教義、報化弁立。撰述書、往生要集。

源空(法然)聖人。日本、岡山県生まれ (1133年〜1212年1月25日)
9歳で父と死別・出家。18歳の時、法然房(ほうねんぼう)と号し、43歳の時、源信和尚の「往生要集(おうじょうようしゅう)」を読み、また善導大師の「観経疏(かんぎょうしょ)」と出合い、専修(せんじゅう)念仏に帰し、後に「選択(せんじゃく)本願念仏集」を著して、浄土宗の開祖。
教義、選択本願。撰述書、選択集。

update 2006/04/19 製作/管理:ono
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