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報恩講法話 特別聞法会 定例法話会
 
平成18年6月25日(日曜日)、上野に在ります雲集学舎の大島義男先生を講師にお迎えして「歎異抄」に入る前の「仏教のいろは」という事でお話を頂きましたので、ここに要約したものをご紹介いたします。

第一回「特別聞法会」

本日、初めてこちらにお邪魔しましたので、自己紹介代わりに「仏教とは何か」と言う基本をお話したいと思います。そして次回から少しずつ「歎異抄」の本題へと入っていきたいと思います。 どうぞ宜しくお願いいたします。

「仏教の基本」と言いましても、今日日、衣を着ている坊さんでもなかなか解っているようで解らなくなってきているのであります。ましてや在家でご苦労されている一般の方々には益々仏教が理解され難い時代になっていると言えます。

先ず、「仏教とは何か」と申しますと、人間を「苦」から解き放す教えであります。 「苦」とは何かと言いますと、通常「四苦八苦」と言って最初の四苦は「生・老・病・死」の四つの苦、そして次に、
1.「愛別離苦(アイベツリク)」(愛しい人との別れ)、
2.「怨憎会苦(オンゾウエク)」(嫌いな人と一緒に居なければならない辛さ)、
3.「求不得苦(クフエク)」(求める物が得られない苦)、
4.「五蘊盛苦(ゴオンジョウク)」(人の身の事で細かく分けますと「色・受・想・行・識」の五つ集まったものが身でありますが、この身が盛んで、この身を持て余しているという意味です。)
以上の四つの「苦」を足して「八苦」、これを「四苦八苦」と通常言っております。

この「四苦八苦」で代表されるような「苦」から人を解放させると言うのが「仏教」です。
「仏教」とは「仏になる教え」。言い換えますと、「涅槃を説く教え」です。この「涅槃」と言う漢字には意味はありませんで、元々インドの言葉の音を漢字に当てただけで、言葉の意味としましては「寂浄(ジャクジョウ)」、「寂滅(ジャクメツ)」あるいは「滅度(メッド)」と訳されます。
その「四苦八苦」の苦しみは「迷い」から引き起こされてくるのですが、更にその「迷い」とは何かと申しますと、「分別への執着」とか「分別した事への固執」です。損と得、善と悪、美しいと醜い、勝ちと負けなど様々な分別を人はしているのですが、その分別する事が人間に苦をもたらすのではなく、分別した事への執着とか固執が人間に苦をもたらすのです。

解りやすい例として、お酒の飲み方でお話しますと、お酒を丁度いい加減で頂きまして「あぁいい気分になったなぁ」と「酔ったなぁ」と言える状態。実はこれはさほど酔っていないのであります。正常な判断の出来る状態なのです。しかし、泥酔状態まで飲んだあげくに「俺は酔ってなんかいないぞ!」とこうなったらもう酔いも相当深い状態になっている訳です。前後不覚に酔った人に「おまえは酔っているから気をつけなさい」などと言っても聞いてもらえませんし、返って嫌がられるのがおちです。それと同じ様に、迷いの深い人に「あなたの迷いは深くてとても往生とは遠い存在です」などと言っても「迷っている」現実が解らないのですから、受け入れられる訳がないのです。「迷い」は「酔い」と同じで深ければ深い程解らないものです。しかし、その「迷い」、「酔い」がその人を苦しめている訳です。

では、どうしたら「迷い」を知らない者が「迷い」を「迷い」として気が付くか、どうしたら「迷い」を「迷い」として気が付いてもらえるか?これを通常「成仏の行*」に対して「往生の行**」と言います。
 *「迷い」を滅すると言うことを「成仏」と言います。
**「迷い」を「迷い」として気が付くという事を「往生」という言葉で言い表します。

前後不覚に酔っぱらった人に「お前は酔ってるんだぞ」と気が付かせる事が、「往生せしめる」という事ですから、「往生」とは容易成らざる事なのです。その「往生の行」を「お念仏」と言いい「お念仏して往生する」と言う意味の「念仏往生」という言葉が言われる様になりました。そして、これが「南無阿弥陀仏」の面目になっているのです。

では具体的に、どうやって、その「苦」から人を解放するのかと言う事については次回から詳しくお話しますが、実はその「苦」の状態を良く知る事から始まるのです。「迷い」をなくしていく仏道の出発点以前におきまして、我々はなかなか「迷い」に気が付かないでいる。これは仏教が通用しなくなった時代に置いて顕わになってきている大事な点なのでありす。 「迷い」を知りたいと言う欲求を「阿弥陀の本願」という言葉で現わします。阿弥陀さんの事なのです。そのことを「阿弥陀のいのち」ということで言い現わします。

これからの私の話は、迷いが深くなってきて、迷っていることが是認されているこの現代においての「往生」という問題を前面にだしていきますので、そこのところにまなこを据えて聴聞して頂ければと思います。 有り難うございました。
(尚、オリジナルはこちら(MS-WORD file 91KB)をご覧下さい。)

update 2006/07/19 製作/管理:ono
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