ご本尊
浄土真宗のお内仏の始まりをたずねてみますと、ご本尊をお掛けして礼拝勤行(らいはいごんぎょう)するところから出発しました。 つまり、花を供え、香を焚き、ロウソクを灯して、仏法聴聞(ぶっぽうちょうもん)したわけです。(お内仏もご参照下さい)
真宗本廟(東本願寺)の阿弥陀堂、寺の本堂、お内仏の中央正面には阿弥陀如来の尊形が安置されています。 右手を上にあげ(仏の円満なる智慧をあらわします)左手を下にさげ(やむことなき慈悲をあらわす)、立ち上がったお姿は苦悩にしずむ私達を平等に救わずにはおかぬ仏のお心を表しています。阿弥陀仏は光明(こうみょう)なり、光明は智慧なりといわれるように、色も形もなく、不可称不可説不可思議の道理そのもの(絶対無限)で形像にあらわすことはできません。智慧、慈悲をあらわす御名(阿弥陀仏−南無阿弥陀仏)となってこられたところに、われわれ衆生の救いの手がかりができたので、方便法身(ほうべんほっしん)というのです。蓮如上人が云われたように「木造よりも絵像、絵像よりも名号」と形にとらわれずにみ名をもってお救いくださる阿弥陀如来を拝ませていただく姿を尊ぶという意味があります。遊林寺を通して京都、東本願寺(本山)からお受けしたご本尊の裏には「方便法身尊形」と書かれています。それは偶像崇拝ではありません。
浄土真宗のご本尊は阿弥陀如来の絵像もしくは木像または「南無阿弥陀仏」の六字名号、お仏壇の大きさにより、「三十代」、「五十代」、「百代」といわれるように、ご本尊の大きさも異なります。ご本尊の左右には、お脇掛けという軸(右側に「親鸞聖人の御影」か十字名号「帰命尽十方無碍光如来」、左側に「蓮如上人の」か九字名号「南無不可思議光如来」)を掛けます。
お脇掛けは「お脇掛け」のページで詳しく説明してありますのでご参照下さい。
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