弔電、弔辞の心得
葬儀式で「弔電披露」は一般的に定着しております。無論、我が国に電信技術が導入されて以来の風習で、携帯電話とか、ネットの普及した現在、儀式の中で、FAXではなく弔電披露が温存されているのは少々不思議な気もしますが、弔問に駆けつけたくもそう出来ないやむを得ない人が、「とりあえず、弔電で」という判断もあるかと思いますが、いずれにしても心を込めた文面であるべきだと思いますし、改めて後日伺うか手紙できちっとご挨拶をするべきだと思います。
又、念仏申す身となった私たち真宗門徒は阿弥陀如来のお救いによってお浄土に生れさせていただくのですから、死後の幸福(冥福)を祈ったり、死者が草葉のかげを迷うということは一切問題にしませんし、不要です。真宗のお念仏の教えの根幹にかかわることがらであり、弔辞や弔電を出すほうも受ける方も、そういう言葉が表明されないよう心して頂きたいところです。他宗教の「昇天」、神道の「泉下」、また「天国」なども同様です。ちなみに、「冥福を祈ります」に代わる言葉は「哀悼の意を表します」です。また仏様になっておられるかたに「御霊前」はあり得ません、「御仏前」です。
心のこもった弔辞とは、あくまでも葬儀という仏事のなかの一環であることを忘れてはなりません。故人への追慕だけで終わるのではなく念仏者としての決意表明、信心の確かさを自分の言葉でしめくくるべきです。例えば、テレビのニュースなどで気になる言葉で「冥福をいのります。」とか「天国から見守ってください。」というような的はずれで、手前勝手な弔辞は是非に止めて頂きたいですし、もし回りに見かけましたらその方に教えて差し上げて頂きたいと思います。
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