墓にまつわる誤った慣習はたくさんありますが。
「塔婆(とうば)は建てません」:真宗以外の仏教宗派では、どこでも普通に用いられているものに塔婆があります。形は「塔」を模して平面化して、1〜2メートルほどの高さの細長い板にしたもので、亡き人の戒名を書き、墓の石碑の前後に建て、その功徳を亡き人に回向しようというのです。(「私が建ててあげたんですよ」という意思表示として) 真宗では考えられません。
「墓に水をかける」:この行為は死者の霊魂が荒れないよう浄化する為だと言うのですが。もちろん真宗門徒には死者の霊魂が荒れるというような恐れは全くあり得ません。真宗門徒が墓参りをするのは、亡き人やご先祖を敬い、その尊崇の念を通じてお念仏にあわせていただくところに意味があります。墓の上から水をかけるとすれば、それは真宗では墓石を綺麗に洗うため以外には何の理由もありません。
墓のない地域が北陸にあるそうです。墓がなくても特別気にせず日常生活を送ることができるのは、真宗門徒だからでしょう。だからと言って真宗門徒はご先祖を粗末にする人たちでしょうか?真宗門徒は、もちろんご先祖を大切にします。しかし、その大切のしかたが違うのです。亡き人やご先祖の墓に手をあわせ、お供えをしたりして、いいことをさしむけようという供養の仕方で大切にするのではないのです。亡き人やご先祖の徳をしのんで、この私にかけがえのないいのちを与え、育ててくださったご恩に感謝する、という形で大切にするのです。ですから、墓で手を合わせるのは、ご先祖の為にではなく、そのご先祖がずっと昔から礼拝してこられた如来様に(ご先祖への感謝の気持ちを込めて)手をあわせるのです。そのため、真宗の門徒の墓の正面には、ご先祖の名前ではなく「南無阿弥陀仏」と刻まれているのです。
尚、墓のお供えはおつとめや、お参りのあいだ捧げられているものであって、それを終えたらお下げするのが当然の作法です。われわれに尊い「いのち」を伝えてくださったご先祖への思慕を通して、お念仏を喜ばしていただく以上は、粗略に扱うようにはしたくありません。墓参のときの供物は、すぐに持ち帰り、おさがりとして皆で頂きましょう。
|