どうして法事をするのでしょうか?
私たちが今生きているのは、まず両親、そのまた両親と有史以来の数えられない程の人のいのちを通してほとんど奇跡的と言っても言い過ぎでない確率で生まれてきたのです。しかも病気、事故、災害などを免れて今こうして居るわけです。また私たちが口にしている食べ物も、肉、野菜などどれ一つとってもいのちのないものは有りません。そして、それらが私たちの口に入るまでの道のり、人手の苦労を考え、また、精神面からも周りの人々に助けられながら、やっと私があるのです。このように物心両面で無数のいのちに支えられながら生かされている私たちです。しかし、ついついそういうことを忘れてしまいがちな私たちでもあります。
何気なく言う「おかげさまで・・・・」という言葉にはこういう意味が含まれていると思います。このお陰さまの「陰」という字は、今は亡くなっているご先祖様たちを偲びながら、その方達の報恩感謝を表す大切な意味があります。そして、ご先祖様たちは、私たちに「自分のいのちを大切にしているか」「大切にしてほしい」と願っていらっしゃるのです。仏様に向かって、こちらから何かを願うのではなくて、願われているのです。法事とは、このような願いに耳を傾けて、その願いに添うべく生きて、さらには、この願いの中に生かされているこの身を深く感謝する集まりであり、その感謝の気持ちを素直にかたちとして表すのが法事の持つ意味だと思います。また、法要は亡き人の肉親や縁の深かった人たちが集まって、お互いが故人を偲び、心を一つにしてお念仏を頂く得難い意味のある仏事でもあります。
ですから、年回法要は祥月命日(亡くなられたその月のその日)の当日かそれより早目につとめるのが一般的ですが、遅くなっても問題ありません。年回表をご参考になりながら日程などについては早めに住職にご相談下さい。
(年回法要の時のお仏壇のおかざりについてはをご覧下さい)
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